フォトエッセイ 谷崎水紀「麗しのマイ」



幻冬舎文庫 平成12年10月25日 初版発行





一部抜粋

何のことはない。マイはいたのである。 それもお隣の家に、ずうーっと。私が寒さに震えながら、一時間以上も探し廻っていた あいだ、お隣さんの暖かな部屋に、彼女はいたのである。 私は、へなへなと力が抜けてしまった。 そしてマイが帰ってきた一瞬の喜びは、すぐさま、マイに裏切られたという感情に変わ り、哀しくて涙が出てしまった。 マイはいつもと様子が違う。おそるおそる遠慮がちに部屋の中に入り窓辺においてある 木のイスに座り、薄目を開けて私を見ている。明らかにマイは、私がずっと探し廻って いたのを、知っていたのだ。 マイが帰ってこなかったことを考えたら何だっていいんじゃないのと思う気持ちとは裏 腹に哀しみはまた違う感情に変わり、私はマイと口をきくのをやめた。 マイは私の冷ややかな態度に事の重大さを感じたのか、急にゴマをすりだした。私はマイ を無視した。そして、翌朝も。 しかし我ながらあまりにも子供じみたことをしていることを恥じた。 とりあえず無事に帰ってきてくれたことを率直に感謝して、マイにお刺身をたっぷりご馳 走した。そして、私達は仲直りをした。






猫の命名がおもしろい ● 「マイ」 五月にやって来たので MAY (ローマ字よみ) ● 「土門君」 写真家の土門拳の土門 風格と威厳。 ● 「渥美さん」 寅さんにそっくり 鰓が張っている ひょうきん ● 「おかまのバニーちゃん」 愛くるしい女の子のような目 ● 「流れの花」 渡世人、緋牡丹のお竜みたいな猫 もの静かで喧嘩がめっぽう強い ● 「広島のユウちゃん」 勇気の勇 ● 「ジャンとナナ」フランス映画に出てくるような、かっこいい男と魅力的な女に育つように。

読んだ後、野良猫を目にしたら飼いたくなるかも。 でも、でも著者のように愛情を注ぐことは難しい







谷崎水紀氏は以下の写真集に文章だけを載せています。

Forever Baby―みんなの愛に包まれて。