私の今日この頃 (10)
2018年 5月



2018.5.3

無気力の日々を過ごしています。 久しぶりにカフェ「MITOTE」(ミトーテ)に寄りました。 2017.12.25 左端の町家が MITOTE この日、カメラを忘れたので、古い写真でお許しを。 オーナーご夫妻の蔵書を自由に観ることができます。 茨木のり子さんの詩集が目にとまった。 小さな詩集本だった。 最初の詩が「自分の感受性くらい」だった。 この詩が茨木のり子さんの詩だと初めて知った。 名シンガーソングライター 沢知恵さんの弾き語りでこの詩は知っていた。

茨木のり子さんという詩人を初めて知ったのは「隣国語の森」だった。
35年以上昔だった。

隣国語の森 .....茨木のり子 

森の深さ 行けば行くほど 枝さし交し奥深く 外国語の森は鬱蒼としている 昼なお暗い小道 ひとりとぼとぼ 栗は밤(パーム) 風は바람(パラム) お化けは도깨비(トッケビ) 蛇  뱀(ペーム) 秘密 비밀(ピーミル) 茸  버섯(ポソッ) 무서워(ムソウォ)  こわい 入口あたりで はしゃいでいた なにもかも珍しく 明晰な音標文字と 清冽なひびきに 陽の光   햇빛(ヘッピッ) うさぎ    토키(トキ) でたらめ  엉터리(オントリ) 愛    사랑(サラン) きらい  싫어요(シロヨ) 旅人  나그네(ナグネ) 地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く 啄木の明治四十三年の歌 日本語がかつて蹴ちらそうとした隣国語 한글(ハングル) 消そうとして決して消し忘れなかった한글(ハングル) 용서하십시오(ヨンソハシプシオ)  ゆるして下さい 汗水たらたら今度はこちらが習得する番です いかなる国の言葉にも遂に組み伏せられなかった 勁いアルタイ語系の一つの精髄へ―― 少しでも近づきたいと あらゆる努力を払い その美しい言語の森へと入ってゆきます 倭奴(ウエノム)の末裔であるわたくしは 緊張を欠けば たちまちに恨(ハン)こもる言葉に 取って喰われそう そんな虎(ホーランィ)が確実に潜んでいるのかもしれない だが むかしむかしの大昔を 「虎が煙草を吸う時代」と 言いならわす可笑(おか)しみもまた한글(ハングル)ならでは どこか遠くで 笑いさざめく声 唄 すっとぼけ ずっこけた 俗談の宝庫であり 諧謔の森でもあり 大辞典を枕にうたた寝をすれば 「君の入ってきかたが遅かった」と 尹東柱(ユントンジュ)にやさしく詰(なじ)られる ほんとに遅かった けれどなにごとも 遅すぎたとは思わないことにしています 若い詩人 尹東柱 一九四五年二月 福岡刑務所で獄死 それがあなたたちにとっての光復節 わたくしたちにとっては降伏節の 八月十五日をさかのぼる僅か半年前であったとは まだ学生服を着たままで 純潔だけを凍結したようなあなたの瞳が眩しい ―― 空を仰ぎ一点のはじらいもなきことを ―― とうたい 当時敢然と한글(ハングル)で詩を書いた あなたの若さが眩しくそして痛ましい 木の切株に腰かけて 月光のように澄んだ詩篇のいくつかを たどたどしい発音で読んでみるのだが あなたはにこりともしない 是非もないこと この先 どのあたりまで行けるでしょうか 行けるところまで 行き行きて倒れ伏すとも萩の原



茨木のり子さんの他の詩を知りたくてネット検索してみた。
『四海波静」(しかいなみしずか)が目にとまった。


四海波静  茨木のり子 

戦争責任を問われて その人は言った   そういう言葉のアヤについて   文学方面はあまり研究していないので   お答えできかねます 思わず笑いが込みあげて どす黒い笑い吐血のように 噴きあげては 止り また噴きあげる 三歳の童子だって笑い出すだろう 文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら 四つの島 笑(えら)ぎに笑(えら)ぎて どよもすか 三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア 野ざらしのどくろさえ カタカタカタと笑ったのに 笑殺どころか 頼朝級の野次ひとつ飛ばず どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット 四海波静かにて 黙々の薄気味わるい群衆と 後白河以来の帝王学 無音のままに貼りついて ことしも耳すます除夜の鐘



「四海波静」
https://www.youtube.com/watch?v=iH9oYHPualU



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