読書した中で心ひかれた文章を少しご紹介します
「 信と不信の文学」
ユダ あるいは虚構としての人間

笠原芳光

1981年11月15日 第1刷発行


目次

信と不信の文学 透谷の故郷あるいは「海の郷」 美的なものと宗教的なもの―北村透谷の場合 陰画としての透谷色川大吉『明治人』 信仰以前の文学――椎名麟三論 椎名麟三と赤岩栄 椎名麟三『私の聖書物語』 信頼と連帯―遠藤周作、椎名麟三、島尾敏雄 匿名化と象徴化―『血と幻』論 「きみ」はだれか――『影の年代記』論 吉本隆明とその時代 吉本隆明における聖書 宗教解体の思想―『最後の親鸞』をめぐって 石川淳における宗教と政治 終末と週末の間 天窓幻想 燃えよ遊星 星と雨と 遙かなもの、微かなもの―『されど遊星』論 『荊冠傳說』私註 逆信仰者・塚本邦雄の近業 『塚本邦雄論』以後 イエスとキリストの間 文学としての終末論―大江健三郎と三島由紀夫      時代閉塞からの脱出―『個人的な体験』論 破滅における救済―『洪水はわがに及び』論 ユダあるいは虚構としての人間 伊東静雄と家 風土について 仏教的風土とキリスト教的風土―暗さと明るさ 文学にとって宗教とは 日本人の祈り 後記 初出一覧




「ユダあるいは虚構としての人間」より一部抜粋
段落ごとに一行開けました

だがレオナルドは違っていた。彼はユダを他の弟子達から引離さず、あるいは驚き、あるいは疑わ しげな表情で、三人ずつ四つの塊になっている群像の一人として描き、またイエスは十二弟子の なかにいながら、ひとり憂愁を湛える孤独な存在としてあらわされている。イエスの頭上には中世 の絵画によくあるような円光はなく、そのかわり窓越しにみえるやや明るい外部世界がイエスを どこかへ解放しているように見える。ここにあるのは「最後の晩餐」という伝統的な主題にもかかわ らず、聖書の記述にも拘泥しない新しい、自由な芸術である。レオナルドが晩年、従来のキリスト教 信仰に懐疑を覚えるに至る、その予兆はすでにあらわれていたといってよい。 この絵は「汝らの中の一人、われを売らん」とイエスが言った決定的瞬間が捉えられている。それが 事実であったとすれば、驚愕と動揺と喧騒の時であっただろうに、ここにあるのは逆にその時、ふと 訪れた一瞬の静寂である (中略) もしユダが会計係であったとすれば、あのイエスを中心にした自由な集団では、わけても労苦が多か ったことだろう。人知れず這いまわって金の工面をするユダの隠れた努力のうえに、イエスの鳥のよ うに飛翔する鮮かな言葉と生きかたがあった。だが、それが事実であったかどうか、福音書はなにも 語っていない。まして他の史料文献などなにも存在していないのである。ともかく、ユダはほとんど イエスを裏切るためにだけ登場する。ユダはイエスを敵視するユダヤ教の体制側に密告し、金をもら う約束をしてイエスを売り渡す機会を狙っていた。「マタイ伝」二十六章十五節には、祭司長達はす でにこのときユダに銀貨三十枚を支払ったとあるが、これは明らかに「ゼカリヤ書」十一章十二節の 転用である。商人達がほふられる羊の牧者に代価として銀三十を量ったという「旧約聖書」の記事に あわせることによってイエスを預言者達の預言の成就としてのキリストにしようという意図であろう。 銀貨三十枚は当時の奴隷一人の価格であった。 (中略) イエスは果たしてこのようにユダを憎んだであろうか。このことは福音書を虚心に読む者の率直な 疑問である。福音書がそれまでイエスについて描いてきたイメージがこのユダに関してだけは矛盾す るのを感じないだろうか。ユダについての福音書の叙述はほとんどエルサレムにおけるイエスの処刑 前後の記事にあらわれていることからいっても、それは歴史的事実であるよりも、原始キリスト教団 によって作製された受難物語の一環であろう。むしろそれは一つの虚構といってもよい。ユダにたい する憎悪や排斥はイエスのものであるよりは、弟子たち、さらに原始教団の人々のものではなかった かということが考えられる。 およそ一人の人間をはなはだしい悪者に仕立てあげることによって、多くの人間の悪念を解消する という操作は今日でも存在する人間の心理現象ではないだろうか。それは一人の無幸の人間が人々の 罪を負って死ぬことによって万人の罪が消滅するという贖罪論と相似の思惟形式というべきであろう。 正統主義のキリスト者はイエスの死をそのような贖罪論によって教義的に説明するが、ユダもまた裏 切りや背信というすべての人間にひそむ感情を代行させるものとも考えられる。だがこれほど主体的 な問題を、なかば虚構としてつくりあげたユダに負わせて済ませるわけにはいかない。だから多くの 人は自分の心の内に潜むユダについて悩んでいる。このようにしてひとりのイスカリオテのユダがつ くられながら、そのユダは同時にすべての人間の姿なのである。言ってみればユダはあらゆる人間に 通ずる虚構であり、虚構としての人間存在である。 (中略) ところでカール・バルトは『教会教義学』の第二巻第二分冊のなかでユダの問題に触れて、イエス・ キリストが神の恵みの選びをあらわしているように、ユダもまたその神の選びの下にあるという説を 述べている。そこではまず、ユダもイエスの十二弟子、すなわち使徒の一人であるという主張がなさ れる。さきに記した「引渡し」という言葉はユダがイエスを祭司長達に引渡すことを意味し、その行 為によって十字架の贖罪を可能にする役割を果たしたというのである。そしてバルトは大胆にユダの 重要性を強調する。 「ユダはある意味でイエス自身と並んで『新約聖書』のもっとも重要な人物である。というのはなに よりもユダが、そして使徒たちの間ではただユダだけが、この決定的な個所で神の意志であり、福音 の内容となったことを行なうにあたって積極的な役割を果たしたからである。神の律法によって疑い もなく、もっとも明白に断罪された人間であるユダがである。『新約聖書』の地盤の上では単に棄て 去られただけの者などはいないという認識はまったく間違っている。ユダは選ばれた使徒達のなかで は明白に棄て去られた者として、またただ棄て去られた者としてのみ行動しているようにみえる、と 思いたくなるような人間である、あのユダがである。 もしイエスを神に引渡したということから、こ のユダの重要性を考える時、この人間に特別の敬意を払うという古代のある教派の着想がすこしは理 解できるであろう」。 この「古代のある教派」というのは、二世紀にグノーシス主義の一派としてあらわれたカイン派をさす ものと考えられる。 カイン派はカインやエサウが義人であるというように善悪の価値の転倒をその 思想としており、ユダもそのような思想をもつ一人として、あえて反逆的な行為をした人物と考えら れている。そして現在は残っていないけれど、彼らの間では 「ユダによる福音書」という書物がテキ ストとして用いられたといわれている。このような教派がすでに古代に存在したという事実はユダに 人間の虚構性の凝集をみようとする者にとって興味深いことではないか。 バルトの説は教義学の領域における発言であるが、贖罪論という思想を推進すると、このようにユダ をも贖罪の成立のための積極的な協力者とみなさないわけにはいかなくなるだろう。贖罪論に立ち ながらユダを否定的にみるというのが正統主義の犯す大方の矛盾的見解であるのに、これは贖罪論 を首尾一貫させるためにはユダを最大の功績者の一人とみなすという純粋な神学である。 バルトはこの論旨をさらに延長させて、このユダの「引渡し」はのちに福音がペテロやパウロに引渡 され、使徒職 として継承されていくものであるといっている。「引渡し」の原語パラドーシスは 「言伝え」「伝承」「伝統」を意味する言葉でもある。イエスをキリストにしていく過程、すなわち キリスト教の成立と伝統の歴史においてもユダが重要な位置を占めるという、このバルトの教義学は まさに正統主義者によるユダの擁護である。しかしバルトはユダの擁護に目的があるのではない。結局、 ユダよりも、さらにはイエスよりも贖罪論という神学、キリスト論という教義の擁護がバルトの最終目標 なのである。 従来、ユダにより多くの興味を示してきたのは歴史学や神学よりも文学である。およそ文学が事実 の学であるよりも虚構の学であるなら、なかば虚構の人間であり、人間の虚構性の表現であるユダは 文学における好個の主題といわねばならぬ。 そのなかでも傑作は太宰治の『駈込み訴へ』である。「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの 人は酷い、酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ我慢ならない。生かして置けねえ」に始まり、 (中略) このように再三再四、反転変化する心理があざやかに、しかも不自然でなく描写されているのを読 むと、虚構としてつくられた文学作品のなかから、かえって人間の真実が浮かんでくるのを感じる。 その人間の真実とは、このユダにあらわされている憎悪、不信、利欲への追求であり、また同時に 愛情、信頼、理想への憧憬であり、それらが葛藤相剋している姿である。 この『駈込み訴へ』の背後には太宰の一つの体験があった。太宰がユダをとりあげたのはそれが裏 切者であるからであり、裏切者を問題にするのは自身に転向の体験があったからである。太宰は昭 和初期の非合法時代の共産党のシンパサイザーであり、またそこからの離反者であった。その経緯 についてはいくつかの作品に太宰自身が書いているが、そこには転向を国家権力の強制による社会 的な問題とはせずに、自己の問題、罪の問題として内面的にとらえるという視点があった。 太宰の罪意識は左翼からの転向によってのみもたらされたものではない。大土地所有者、貴族院 議員の子弟としての家と、それにたいする自負と反逆の心理も、また「生まれてすみません」という 言葉に象徴される存在論的なニヒリズムの思想も、そして女性と心中を図り、女だけが死んで自分 は生き残ったという体験も、その要因である。しかし裏切者ユダを描きたいという心情はかつての 同志を裏切ったという体験、その負目とそれにたいする弁明と、とくに重なっていることは確かで あろう。 (中略) ユダは虚構という負の極によって人間をあらわした一人であった。このユダという視角から全体と しての人間を透視し、それを探求することが、われわれの課題である。


2019.5.1