私の今日この頃 (15)
2019年4月
20年ぶりに神戸へ
3泊4日

お世話になった笠原芳光先生が2018年11月10日に逝去されました。(享年91歳)
笠原芳光先生を偲ぶ会
に参加させていただきに神戸に行きました。

		
		 5日(金)
		
		港近くの格安ビジネスホテルに泊まりました。
		
		ロビーに訪日外国人の団体がいました。
		皆小声で話していたので聞き取れませんでした。
		中国人だと思います。礼儀正しく親切でした。
		
		三宮界隈をうろうろしました。
		街の変貌にキョロキョロ。お上りさん状態。
				
		
6日(土)朝 須磨海岸でAさんと Aさんは昔とてもお世話になった友です。 30年ほど前に交際をたちました。 私がパソコンパソコンと言いすぎれ気まずくなった。 最近Aさんの夢を見ました。 神戸を出発前日に会いたいと電話した、 Aさんはよろこんでくれました。 昔、Aさんから被差別部落出身だと聞かされた時は本当に驚いた。 ”ええとこのボンボン育ち”とばかり思ってました。 ファッションセンス抜群で、礼儀正しく、社交術を心得ていた。 いつもにこやかに人に接していた。行き届いた気遣いのできる人でした。 本当に優しい人でした。 Aさんの優しさをどれだけうらやましく思ったことだろう。 よほど恵まれた家庭環境で育ったのだろうと思った。 「なにかあると『やっぱり部落の人間だ』と思われることのないように 生きてきた」とAさんは言った。 学校生活でひどい差別を受けた。もっともひどい差別者は教師だった。 須磨海岸の後、JR神戸駅から元町駅まで語り合いながら歩いた。 喫茶店、中華料理店、そしてAさんの閉めた事務所で語り合った。 すぐれたスキルをもってたのに、IT革命に乗り遅れた。 Aさんの優秀な能力を私はどれほど羨望していたことか。 当時いそがしくてパソコンに関心を払う余裕がなかった。 人生を本音で語ることのできる掛け替えのない友です。 4時間話しをし別れました。 その足で「笠原芳光先生を偲ぶ会」の神戸教会へ向かった。
6日(土)昼 笠原芳光先生を偲ぶ会 パソコンマップで、駅の案内地図で確認したのに、 道に迷い時間ぎりぎりに神戸教会に着きました。 50人ほどの参加者でした。 教会地下の講堂が会場だった。 壁、天井、床がコンクリだった。 ワイヤレスマイクの反響が大きく、 大きく聞こえるけれど、私には聞き取れなかった。 私は反射音がだめなのです。 車の運転中に後ろから話かけられたら聞き取れない。 医者がカルテを見ながら、パソコン画面を見ながら話されても 聞き取ることは困難。 みなさんの挨拶を聞き取ることは困難だった。 あまりにも反響音が大きすぎて、、、 早い段階で私にコメントを求められた。 いきなりのご指名であわてた。 遠方からの参加者ということでしょうか。 お歴々を差し置いてのご指名だった。 人前で話すことは苦手。すごく上がってました。 正確に覚えていませんが、以下のような発言内容だったかと思います。 ****************************************************** みなさんの話が私はまったく聞き取れません。 老人性難聴と感音障害のせいだと思っております。 九州から来ました。 笠原先生にはYWCAで一年、森集会で2年、お世話になりました。 YWCAで3回目に受けた講義のとき、先生に感想を聞かれました。 「反発を覚えます」と答えました。 反発を覚えながらも熱心に聴いていました。 森集会では「トマスの福音書」の講義でした。 私にはとても難解でした。分からなかったが、 少しも退屈しませんでした。 それは先生の話がうまかったからだと思います。 (「名講義」と言いたかったのですがとっさに言葉が出てこなかった) 先生の著書「人間の広場」の一部を読み上げました。
		
       この夏の終りに、ぼくは京都の深夜喫茶で夜を明かしたことがあります。早朝、京都近郊へ
     行かねばならぬ用事があって、朝はやく起きるのが苦手のぼくには、いっそ徹夜をするほうが     
     楽で、確実だったからです。
       三条木屋町にちかい、その喫茶店では夜が更けても、派手なシャツやサングラスの男女が
     ひっきりなしに出たり入ったりしていました。
		
		笠原先生が深夜喫茶で夜を明かしたことが意外であり、反面いかにも先生らしいとも思いました。
		「派手なシャツやサングラスの男女」に好奇心がおありだったのでは? と私は思いました。
		唐突に
		先生にはお世話になり、感謝しております。
		で締めくくりました。
		
	        ******************************************************

		私は敬語が苦手で、ずいぶん失礼な表現があったに違いありません。。
		どこかずれている。ずれているところがいかにも私らしい。
                そんな気がしています。
		
		「トマスの福音書」は禅問答のようでした。
		キリスト教の最初の異端「グノーシス」についての講義といってもいいと思う。
		興味深かった。とても貴重な講義を受けたという思いは強くもってます。
          私が森集会に参加させていただいたことを語ることは肩身が狭い反面
          誇らしくも思っています。
		
                私の挨拶ではなく他の方々の挨拶をここに記したかったのですが、
                言葉の断片しか聞き取れませんでした。

		ある方は挨拶中に涙を流されてました。
		会場に爆笑が起きる場面が何度もありました。
		私の知らない笠原先生のエピソードが語られたのだろうと思います。
		聞き取れなかったことはとても残念でした。

		葬儀は近親者で行って、遺族の悲しみが少しは癒えた頃に
		こういう偲ぶ会をいいなと思いました。会費は茶菓子代でした。
		こういう形式がもっと広まればいいと強く思います。

		カメラ持参してましたが撮りませんでした。
		


 
		 7日(日)昼

死ぬまでに会いたかった人 数年前に手紙を出したが宛先不明で戻ってきた。 神戸行きを機に急遽調べた。 幸い関西に住んでいた。 西宮で会った。3,40年ぶり。 母親は昔の私を非難しながらも気遣いを強く感じた。 ありがとう。 大きな誤解があるが、この際どうでもよかった。 和やかな時間をもてたことはありがたかった。 息子は終始にこやかだった。ありがとう。
7日(日)夜 黒木賢一さん アメリカ留学から帰国、心理療法士として開業し、大学教授にもなり、 いろいろ書籍を出版し、今やすっかりえらい学者になってしまった。 YWCAの笠原芳光先生の講義の受講生として知り合ったのが縁。 前日の「笠原芳光先生を偲ぶ会」で、一緒に飲もうと誘われた。 ビアレストラン「ミュンヘン」に行った。 昔ここで一緒に飲んだと聞かされたが思い出せなかった。 美味しく飲み、楽しく語りあった。 「週に一度、精神科医、心理療法士が集まって卦やトランプ占いなどをしている。 参加しませんか?」と昔誘われたことがある。興味なかったのでお断りした。 彼と交際をたった後、ユングの共時性(意味のある偶然。不思議な偶然)に 興味をもち参加すればよかったと残念に思ったことがある。 心理療法士として芦屋心療オフィスを開設しています。 本を送ってくれました。ありがとうございます。 マンダラ・アートセラピー 著者:黒木賢一 発行:2017年2月28日 第1版第1刷 発行所:(株)創元社
8日(月) ホテルをチェックアウトする前に、港に寄って撮影しました。 最後に姉に会う いい思い出のまったくない姉と最後に会った。 2度と会いたくない人だった。 20年ぶり。様変わりしていた。 偉そうな上から目線は失せていた。 気遣いを感じられた。今までになかったこと。 会ってほんんとうによかった。



3泊4日の神戸、本当によかった。

縁の不思議
人生の不思議
を強く思います

 2019.5.1



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