2021年10月に更新する予定でした。

文章をいろいろ書こうと思うのですが、

どうしても書けなくて、今日まで来てしまいました。

m(_ _)m

私の今日この頃 35
2021年 10月




長いこと更新を怠り、申し訳ありません。 2021.9.24 久しぶりにスタジオに行くと雨漏りの跡、そしてカビが生えていました。 *********************************************** 著者:土門拳 発行:講談社文庫      昭和52年6月8日 第1刷発行 滋賀澄

随分貧しい暮しのように見受けられた。障子一面に新聞紙が張ってあった。 つまり、障子紙の代りに新聞紙を使ってあるのだった。 だから部屋が重苦しく暗かった。 僕は撮影の旅で、方々の農村も歩いたが、こんなにひどい障子は初めてだった。 志賀博士が明治三十年(一八九七)に赤痢菌を発見して以来、 今日までに人類が受けた恩恵は、決して少なくない筈である。 その発見者は、赤貧洗うが如き生活に、余生を細らせているのである。 現色々と名誉職に就いていられるが、 収入としては、学士院会員の年金だけしかないのだった。

*********************************************** トンボの本 発行:新潮社   著者: 田沼武能   発行:1991年9月20日 昭和28年11月20日

古ぼけた畳の上に、小さな手焙り火鉢と、MJBコーヒーの 空カンが一つ灰皿用に置いてある。そこに先生は、わざわざ背広に着がえて待っておられた。 もっとも、ズボンのMボタンは全部はずれている。私はご注意すべきか否か迷ったが、 どうせ影になって見えなくなるので、そのまま撮影してしまった。 昭和三十四年、先生は家で吐血し、独りぼっちで亡くなられた。 預金通帳には、当時の金で二千数百万円残っていた、と新聞は報じていた。

永井荷風

「文化勲章ですか......」と笑ってこう言った。 「あの勲章には年金がついて いますから......。 ぼくだって高い税金を払っているんだから、 もらってもバチはあたらないでしょう」 終戦後、雨が降っても雪が降っても浅草に行き、 フランス映画を見るかス トリップ小屋に通うのが日課であった。 「浅草を愛したのは、ここに集まる種々雑多な人間の中にまぎれ込むことにより、 一庶民になりきることができるから。ストリップの踊り子たちを愛したのも、 彼女たちとははずかしい文学のことなど話す必要がないからだ」。

川崎長太郎
最近心に強く残った NEWS シーン   YOUTUBE より






「田舎の人は皆いい人だ」と有力者は言った。
村長は皆いい人だったか?
教育長は皆いい人だったか?
学校長は皆いい人だったか?
村役場職員は皆いい人だったか?
地域包括支援センター職員は皆いい人か?
村の歯医者はいい人か?
2022.8.31


私の今日この頃

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